お別れ

2017年8月25日朝
バリトン太田直樹さんが
天に召されました(57歳)


訃報の電話を
稽古に向かう途中の
駅のホームで受け、
堪らず号泣

それから6日間
心ここに在らず

今日、
教会での告別式に
参列しました。




会場には
太田さんの優しい歌声が
流れていました。



天国へお供する宝物は、

太田さんの持ち役
パパゲーノが登場するオペラ
「魔笛」の楽譜

林家喬太郎さんの
サイン入り手抜い

幸福駅の切符等々


遺影は、
ビールを片手に太田さんが
微笑んでいるショット

喪主である奥様のご挨拶で
昨年ご家族で御旅行された
ドイツのビアホールでの一枚だと
知りました。

また、
「こんなにもたくさんの方が
夫の為に集まって下さっているのに
何故、ここに夫がいないのか、と
思っています」と仰り
参列者の涙を誘いました。



童謡コンサートに
御出演頂いたのは
2015年7月

8月には
オペラ「電話」を2回

2016年12月には
御出身の出身地長野県での
第九演奏のソリストとした
太田さんに声をかけて頂き
一泊2日の演奏旅行を
ご一緒しました。



今年の童謡コンサートに
御出演頂いたテノール上原さんも
その第九でご一緒で、

上原さんは太田さんの昔からの
仲の良いお友達のお一人で

童謡コンサートに
上原さんを推薦して下さったのも
太田さんでした。




オペラ「電話」ベン役

f0144003_19055709.jpg



f0144003_19055724.jpg



f0144003_19055896.jpg




たくさんの笑顔と
たくさんの歌声で

私たちに愛を下さった
太田さんとの御別れは

まだまだ
受け止められませんが

「神様の元で
歌っていると思います」という
奥様の言葉


音楽の神様に
愛されている太田さんに
とても相応しいと思いました。


合掌
Commented by えーちゃん at 2017-10-31 13:07 x
浅野さま

太田の親戚でございます。太田は本当に良いお仲間に恵まれた素晴らしい生涯を送った事が皆様のコメントから分かり、心が癒される気持ちでおります。

太田の存在はあまりにも大きく、私も立ち直るのに、一ヶ月余りかかりました。
太田のご両親も健在ですし、奥さん、萌子ちゃん、梨人くんといった近親者はなおのことショックは大きいと思います。

遺影は余命宣告を受けた後、ご家族でドイツに行った時の写真らしく、「死の宣告を受けた人がこんなに凄い笑顔が出来るものだろうか?」と義兄の素晴らしさを改めて感じているところです。

私は太田のお陰でオペラ好きになり、新潟から東京はもちろん、NYやヨーロッパまでオペラを観に行くようになりました。
太田も生前、私のことを「オペラ好きが親戚にいてくれて嬉しい」と言ってくれていました。

太田は今、苦しみも無く、エルンスト・ヘフリガー先生と再会しているのでは無いかと思います。

浅野さんのように心の底から悼んで下さるお仲間に恵まれ、太田は幸せでした。
ありがとうございます!
Commented by mihokoasano914 at 2017-10-31 23:02
えーちゃん様
早いもので太田さんが天国へ召されて二ヶ月が過ぎました。太田さんを心から尊敬し、慕っていた者の一人として、えーちゃん様とお気持ちを共有させて頂き、心からありがたく思いました。メッセージを頂いた、まさしく今日、桃子さんから会葬御礼の品が届き、その御礼のメールをさせて頂いたところでした。「ご家族の皆様、お元気ですか?」というメールに、「みんな元気ですが、やる事があり過ぎて、先に言ったもの勝ちだ!と文句を言いながらやっています(笑)」との明るい返信。どんなにかお辛いでしょうに、こちらに心配をかけまいと答えて下さる、桃子さんの思いやり深いお言葉。葬儀の折の立派なお姿に「さすが太田さんの選んだ方だね」と皆で話しました。9月に、太田さんとご一緒するはずだったコンサートを、この写真のメンバーと再演しました。太田さんも今、ココにいるね、と言いながら。太田さんほどたくさんの人から愛された方はいらっしゃいません。太田さんの笑顔、歌声、いつまでも忘れません。
Commented at 2017-11-01 20:12 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by mihokoasano914 at 2017-11-02 10:04
中川さま

中川さまご自身も歌を歌われるのがお好きなのですね。それでしたら、尚のこと、太田さんの歌声がどんなに愛に溢れていたか、お感じになっていらっしゃった事でしょう。

そして、突然、訃報をお聞きになった時のショックは、いかに大きかったか・・。胸が痛みました。

私は、ブログに書いたように、オペラの稽古に向かう途中で訃報に接し、その後、向かった稽古では、歌詞を間違ってばかりでした。どんなに役に集中しようとしても、全くココロが伴わず、未だにその日にどんな稽古をしたか記憶にありません。泣いては歌えなくなるから、とココロを押し殺した結果、脳みそも停止したのでしょう。帰宅して、ココロが解放された途端、ワンワン泣きました。


この悲しみが癒えることは無いのですが、「何を歌われても、聴いた人をシアワセな気持ちにして下さった太田さん」の、音楽への深い愛を想い出すと、あたたかい気持ちになります。


by mihokoasano914 | 2017-08-30 17:57 | Comments(4)

日常の“うふふ”な事


by mihokoasano914
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る